2026年のレーシングカートチャレンジも大詰めを迎え、9月で最終戦となるシリーズも出てきました。
海外志向の強いシリーズでは、秋→夏シリーズもあります。海外サッカーに近いスケジュール感ですね。
一般にモータースポーツで全日本というと、各カテゴリーにおける国内最高峰シリーズのことを指しますが、2026年までのカート界で全日本というと不成立が続き、存亡が危ぶまれ、結局2026年シーズンをもって消滅することになったシリーズになります。
大変ネガティブな書き方をしましたが、2026年までカートにおける全日本というのは2シリーズあり、ひとつはGPR KARTING SERIES、一つは全日本カート選手権です。
最高峰が2つ??
この世界に入ってもしばらく理解に苦しむ状況でした。
2027シーズン
2027年はGPRに1本化されることがすでに決まっています。
また、エンジンではヤマハ製エンジンが消え、ダンロップタイヤも消え、海外製のマシン、エンジン、タイヤでの選手権に変わります。
ヤマハもダンロップも2027年を最後に、カート事業から撤退することも発表されています。
日本独自のレギュレーションから、世界標準のレギュレーションに変わることにより、ジュニア世代の育成や、大人のドライバーにとっても世界大会への門戸がより明確になる点では非常にポジティブな変化と言えます。
が、しかし。
やってる我々はもう大変です。
今までの主力エンジンでは出られない。今まで苦労して練習してきたローグリップのダンロップタイヤの乗り方をハイグリップ用に再構築しなければならないなど、金銭的にも、経験的にも非常に苦しくなってしまいます。
全日本に出るならば。
という話ですが。
2030年まではヤマハエンジンでのレースは継続するということも決まっているのでまだヤマハエンジンでも戦いの場は残ります。
しかし、子供の将来を考えると残念ながらヤマハエンジンは「オワコン」と言わざるを得ないと思います。年々参加台数が減るでしょうから、2030年を前に不成立となってしまうレースが出てくると思います。さらに、強豪勢は全日本寄りになるでしょうから、バトル強度はそれよりも早く低下する可能性もあります。
あくまでも、カートサポート歴3年目の素人の見解ですからなんともですが。
大人カートについては、2030年以降もヤマハエンジンは生き続けると思います。地方レースやサーキットのシリーズ戦では独自のレギュレーションで続く可能性もありますので。
GRカートの出現により、カート界全体としては明るい材料が増えていますが、日本のカート界にとって数十年に一度の大変革だそうです。
GPR KARTIGN SERIES Rd.5/Rd.6 もてぎ

全日本初挑戦となったレースです。また、チームを移籍して初めてのレースとなりました。
初尽くしでの挑戦となりましたが、コースは走り慣れたもてぎ。
全日本転戦組も多くいますが、地方選や練習などで走行したことのあるドライバーがほとんどです。この時点での立ち位置は中団の後方といったところでした。
TT P11/25 ~ 予選 P16/25
台数が多いため、2組に分かれてのTTとなりました。前日から調子が良く、少し期待していましたが、なんとTTでは11番手!
しかしながら、この日のドライ路面はこれで終了。予選からはウェット路面になりレインタイヤでの戦いに変わりました。
予選は25台が集まり一斉にスタートとなります。踏ん張るところも見られましたが、ジリジリと順位が下がり結果は16番手。TTと路面状況が変わり、そこへの対応に加え後ろからの追い上げに簡単に譲る場面もありました。
Rd.5 P22/25
完全なるレインコンディション。スタート前から気合が入り切りません。雨走行自体は大好きな次男。それでも、レースではトップから1.5秒近く離されてしまうのでお話にならないレベルです。ドライなら0.5秒くらいまで迫ってきたんですけどね。
スタート失敗に始まり、走りにも勢いが感じられず、抜かれっぱなしのレース展開。防戦一方ならまだしも、ただ追い越されてしまうような展開になってしまいました。
失格、リタイヤを除くと最後尾フィニッシュでしたが、タイムは17番手と速さと順位が釣り合わない状態。ペースが良くないということもありますが、混戦になった時に自分のペースで走れるかどうかの問題でした。
Rd.6 P18/25
Rd.6はRd.5のタイム順でグリッドが決まります。17番手スタート。
Rd.5の結果がありますから、何とか挽回を…という性格ではありません。

レース後記
速さ自体はシングル入りできるところにいるのは証明されました。しかし、速さを順位に変える力が足りていない。課題はここですね。
また、天候にも振り回されました。本人としては、ドライだったら…という気持ちだったと思います。これを言い訳と言ってしまえばそれまでですが、経験は明らかに不足しています。雨の練習も十分にやってきてはいますが、速さが出せるところまでは至っていません。それでも、降り始めの路面状況では速さを垣間見せるなど、良いところも見せてくれました。
25台中16番手、18番手というスタート順になりましたが、なんだかんだ「ビリじゃないんだな」とも思いました。もちろん、全日本というのはビリなのに出る。なんてメンタルで出ている選手なんていない世界。しかしながら、立ち位置というのは簡単にひっくり返せるものでもないのもこの場所です。
追い抜きが得意なドライバーなら、このスタート順でも十分にシングル入りやポイント圏内も射程圏でしょう。全域のシチュエーションでの速さアップが今後の順位アップへの課題だということがより明確になったレースでした。
GPR KARTING SERIES Rd.7/Rd.8 御殿場

前回大会から2か月空けて、2回目の全日本チャレンジ。走り慣れたAPG(御殿場)。GPRがあるから練習している部分もありますが、ホームコースではありません。
APGは富士スピードウェイと道路1本隔てたところにあります。レース当日は、富士スピードウェイでスーパーGTも開催されており、周囲一帯がモータースポーツ熱の高い状況で、自然とやる気が増してきます。このスーパーGTが、天候の難しさを説明する良い参考イベントとなろうとは、思いもよりませんでした。
前日練習までは非常に好調で、区間タイムでは上位勢とそん色ない走りを見せた次男。
しかし、本大会も当日は雨予報…
しかも、完全雨ではなく降るのか降らないのかという微妙な状況でした。
TT P22/22 ~ 予選 P16/22
早朝から予報以上の雨が降り、TTはレインタイヤでの走行となりました。しかしながら、キャブの調子が悪く普通に走ることもままならぬ状態になってしまい、TTは最下位の22位。
いつもならヘコむところ「予選で取り返すしかない」という言葉が自発的に出るなど、メンタルは前向きでした。
その予選。雨が上がり路面は乾き始めましたが、まだ濡れている部分も多く、ドライとレインが半々というタイヤ選択での出走というなかなか痺れる状況へ。我が次男チームはスリックタイヤを選択。最後方からのスタートとなりましたが、本人の言葉通り6つポジションを上げ16番手でフィニッシュ。15番手までは0.068秒差という追い上げっぷりでした。
鬼神の走りとまではいかないものの、バトルが苦手な次男としては十分すぎる結果だったと思います。
タイヤの有利不利も基本的にはなく、トップ3でもドライ勢、レイン勢が入り交ざる結果でした。
経験の浅い私は後に気が付いたことですが、現状ベストの選択だけではない「タイヤ温存」の戦略も含め、これがまさに全日本の戦いなのかということを痛感した予選でした。
Rd.7 P20/22
完全に路面は乾き、全員ドライタイヤに。予選レイン勢はフレッシュなニュータイヤですが、皮むきが必要になり、序盤は不利になるとのこと。予選でドライを使った我が次男チームは、先行逃げ切りと少しでも前に出ることを意識したセットアップでコースに出しました。
5~6周目にはフレッシュ勢が有利になるはずだということでしたが、少し前に出たり落ちたりしながらも、順位を維持しスタート順を守ってチェッカーを受けました。16番手フィニッシュも、5秒ペナルティがあり最終リザルトは20位でした。
このペナルティは前方の混乱の中で受けた致し方ないフロントバンパー落ちによるもの。表彰台やポイント圏から落ちたわけではないため、全然OK。ノーダメージです。スタート順を守ってゴールしたことを一番に評価しました。
Rd.8 P17/22
最終順位以上の内容のあるレースとなりました。
1日を通してタイヤに悩まされるレースとなりましたが、完全なドライコンディション。晴れ間が出たら次男にとってはより自信を持って走れるコンディションになりますが、さすがに厚めの雲はどいてくれませんでした。
スターティンググリッドは18番手。Rd.7のタイム順で決まります。
今回もスタートを無難にまとめ、大きな混乱なく1周目を終えましたがその時点でトップから20番手くらいのワンパック。
序盤からトップ勢がバトルを繰り広げ、集団がばらけずに1つの数珠繋ぎ状態でレースが進んでいきました。うまくすれば10番手アップなんかも狙えてしまうほどのレース展開でした。
追い抜いていく場面も多く、前に出ては前方のクラッシュ回避でまた数台に抜かれ…を何回か繰り返しながら最後の最後も順位を上げつつ守りつつのフィニッシュ。
このレースもポジションを1つ上げてのフィニッシュと、一番の課題である速さを順位に変換する力の練習成果が発揮されたような結果でした。

レース後記
今回も、雨から曇りへと変わっていったレースでした。
スーパーGTの決勝とほぼ同じ時間帯でこちらもスタートしましたが、こちらは曇りで完全なドライ路面に対し、あちらは水しぶきが上がるほどの路面状況。道路1本隔てた立地にあるにもかかわらずここまでコンディションが違います。
もっとも、FSWは全長5kmのコース。こちらは全体を見渡せる1kmのコースなので、少なくとも数km離れた環境ではあります。
なおかつ富士山の裾野、天気も変わりやすい環境なので、道を1本隔てただけとは言え、十分に天候が変わるくらいの距離感があるということですね。
1つの大会でレインタイヤとドライタイヤの併用としれっと書いていますが、どれもお金がかかっています。雨が降るたびに約5万円のレインタイヤが必要になってしまうという現実。晴れならばこのお金はかかりません。そんなレースが毎戦続いているわけです。5万、10万、15万…まだ、片方のタイヤだけならいいんです。両方使うというところが懐に痛い。
ドライバーにも、対応力が求められます。メンタルも重要です。全日本というのは雨が好き、得意というだけで何とかなる場ではありません。
「雨は得意だったんだけどな…」と次男がボソッと言ったのですが、経験値がものを言う舞台でもあります。乾けば、GPRだけに表れる強烈なラバーが乗った路面状況への対応も求められます。レインコンディションでも普通の雨降りとは違うGPR特有の路面状況も顔を出すのでしょう。
晴れならば…、雨ならば…
そんなことを言っているうちは勝てないでしょう。
晴れでも、雨でも
と、言えるように続けていくのみです。
全日本カート選手権 Rd.9/Rd.10(最終戦) もてぎ

長年続いた全日本カート選手権最後の大会です。2シリーズに分かれているものの、最高峰の舞台であることに変わりはありません。
全クラス、この大会で消滅してしまいます。
最初で最後の参戦になりますが、我が次男チームにとってはGPRと違う点は何一つありません。同じマシン、同じエンジン、同じタイヤ、同じレギュレーションでの戦いになります。
土曜日に現地入り。レース当日は雨予報。台風25号が接近して開催できるか否かという状況。結局、予報より進度が遅く、大雨が降る前にレースができましたが、金、土は曇り/晴れ、日は雨というレースウィークになりました。
金曜入りのドライバーも多くいたようですが、コンディションが違うので、土曜入りでもあまり不利な要素はないのかなと思いました。仕事と学業も大事ですから(笑)
土曜日は一時晴れ間ものぞくドライコンディション。本来は、レースのテスト日になるのですが、コンディションがまるで違うため子供たちは概ね練習という感じで走っていたように思います。
エンジンは調子よく動くか、マシンに異常はないかそんな点検くらいしかできません。
子どもたちにとってはカートに乗ること自体が非日常ですから、走らないという選択肢はありません。
地方レースだと、まだ練習不足のドライバーも多いですから全セッション全力で走るドライバーも多くいます。
でも、全日本もなれば、マシンを壊さずに当日に持っていくことの方が重要な場面が出てくるんですね。
セッティングも違いますし、走るメリットがデメリットを上回れば当然走らせません。
こうした雰囲気は、過去2度のGPRで感じ取ったものです。もちろん、地方レースでもトップ勢は同じように意味のない走行はしませんが、出場しているドライバーがみなトップ勢なので、こうした大きな雰囲気の違いが出るのだと思います。
練習走行/TT~予選
朝から雨が降り完全なウェットコンディション。練習走行ではタイヤの皮むきをして帰るドライバーが多数。そんな中、一番経験の浅い部類に入る次男はそこそこ走った方です。
タイムは全体2位。
もちろん、皆さんタイヤをコントロールしてのことですから、ボーナスみたいなものです(笑)
TTから予選ではまずまずのまとまりで14台中8位。ただ、レース当日に書いていたらもっと酷い書き方になるはずです。
Rd.9
水たまりができるほどのフルウェット。コンディションは刻々と変わり、今回もコースにも苦しめられました。スタート自体は悪くなかったものの、通ったラインに水たまりがあり失速。その間に後方10番手くらいに落ちてしまいました。
その後、前方でスピンや接触があり抜け出して8番手フィニッシュ。後半は特に荒れることなく無難に走り切りました。
最終リザルトでは、前走車のペナルティにより7番手に繰り上げ。
全日本初のポイント獲得となりました。
課題は、ローリング中の路面観察。スタート時点での理想のラインを考えられれば良いですが、「ここは通ったらダメ」ということを判断する必要性を痛感しました。
タイヤを温めるという最重要課題のあるローリングですが、そこからいかに神経を多方面に向けられるのかも、最高峰の舞台では当たり前に求められる力なのだと思います。
Rd.10(最終戦)
基本的なセッティングはRd.9と同じ。
スタートもうまく決めて6~7番手まで上がったものの、ペースが上がらず、一つずつ順位を落とし12位フィニッシュ。ベストタイムも最下位と残念な結果になりました。
セットが合わないというよりも、雨が速くないということだと思います。スピンはしないのですが、マージンが大きく上位とのタイム差となって表れてしまい、ペースが良くなりません。また、バトルをする場面でもこのマージンの大きさ故に、他者のギリギリのところが使えないため、あっさり抜かれてしまいました。

レース後記
数日経ってわかった事実。ブレーキパッドの限界。
まだいけると判断していたブレーキパッドの摩耗ですが、日々成長する中で、踏力が増し、摩耗が早まったと思います。このペースの減りならここまでは使えるはずだ。が通用しなかった。これはメカ側の責任です。
全日本のレース翌週、ブレーキパッド摩耗によるキャリパーのピストン抜けが原因で、ブレーキの油圧が抜け85km/hからノーブレーキでクラッシュさせてしまいました。幸い他車を巻き込まず、設備も壊さず、マシンも、ドライバーも壊さずに済んだトラブルでしたが、ここでわかったのがブレーキパッドの限界。
前回の全日本Rd.10ではすでにブレーキが厳しく、詰めていくことができずにあっさり抜かれるし、ブレーキで詰められないというレース展開になってしまったというのは要因としては小さくないとロガーからも見受けられました。
ブレーキで詰められない、他者と同じブレーキ力が使えないとわかれば無駄なことはしない次男です。それがやる気の無さ、闘争心の欠如に見えてしまいます。デメリットではありますが、冷静に考えれば当然な部分もあります。
レースだから無条件で熱くなるというメンタルの持ち主ではないようですが、これは良くも悪くも次男の特徴。
全日本なのにこんなマシンで戦わせやがって。
そんなことを思ったり、言ったりしない次男ですが、小学生がゆえに言葉にはまだできなくとも、体感から限界で勝負できないとわかり戦うスイッチを切る。
それに気が付いた私がAIに仮説としてぶつけたところ、次男のプロファイルからは十分にあり得るという答えにたどり着きました。
マメにチェックしていただけに、摩耗のペースが異常に早まったという印象がありますから、全日本の前日練習や、レース中にそれなりに追い込んでいたものと思います。
リザルトは後方ばかりで全日本チャレンジは尚早だったかなと直感では思うこととばかりでしたが、この3大会を冷静に分析すると、全日本クラスでも十分に戦いうる力を垣間見せているのかなと思う部分も多く見つけられました。
全日本チャレンジ|全体後記
カートというのは不思議なもので、1日の中で走れば走るほど差が縮まりがちです。少しずつ速くタイムも良くなっていくのです。
これは、”慣れ”の部分が大きいと思って見ています。何分、運転歴数年の小学生たちですから。
その中でも、1発目から速いドライバーはやはりトップ勢ですね。経験もそうですが、マージンの取り方やギリギリを攻めるというところが違い、速さや強さに繋がっていると思います。
次男がRd.10で抜かれっぱなしだったのは、何も遅いだけが原因ではありません。周りは徐々に上げてくるところ、次男は割とできる事95%くらいを早い段階で出せているのだと思います。だからこそ、後半遅いという印象に繋がるのだと思います。
また、抜かれても焦らない。
焦りなさい!
と言いたいところですが、ロガーを見ると崩れていない。それは見ていて非常につまらないレーサーなのですが、こうやって書くとポジティブに聞こえますね。これ以上無理だから。というのがタイムから見て取れます。
一方で、多くのドライバーはムキになったり、悔しかったりで抜かれたら前についていき、抜こうとしていきます。そして失敗。でも、その失敗から学び少しずつ順位を良くしていけるドライバーに成長していきます。
人のレースをぶち壊すこともありますから、良いことばかりでもありません😅
普段の練習でも各ドライバーの性格や傾向が出てくるので見ていて面白いです。
まぁ私が「真剣にやっていない時は」の話ですが(笑)
一方次男。
無理なものは無理。頑固なため、これがカートを始めたころから抜けません。
ムキになり、無理やり抜いていくこともほとんどありません。失敗もしません。だから成長しない。というわけでもありませんが、成長の仕方や速度が違う。
新たに加わったチーム代表からは、速くなれば勝手に追いぬけるようになると言われながら育ててもらってます。
次男にとってはコースやマシンの攻略が最優先になっています。時々、マシンのセッティングでもアクセントを付けますが、チームにトップドライバーがいるので一つの正解があり、そこからの引き算でやっている状況です。
前のチームはどちらかというと、抜きに行け。という指導が強い印象でした。無論、まだ速くないからそこまでの指導もされていませんでしたので、どういう指導になったのかは未知の世界です。
そして、前に所属していたチームのエースドライバーがこの大会2連勝で最後の全日本ジュニアカート選手権のチャンピオンを獲得しました👏
今のチームメイトには、GPRでチャンピオン争いをし世界大会にも出場するトップドライバーが、前のチームメイトには全日本チャンプが、そしてこの二人もまたバチバチなライバル関係です。
そんな環境に親子共々身を置いています。
子供たちはLINEでつながった友達でもあります。
どちらの指導法やチーム方針が正しいというわけではなく、トップドライバーを輩出している2つのチームを知るという経験が一番の価値ですね。
そして、来年は次男の番。
バトルができるドライバーはバトルからの引き算を、バトルが苦手なドライバーはラップタイムを、それぞれトップレベルまで育ててから、苦手分野に取り組むといいのかなと考えるようになりました。
心も折れっぱなしになってしまいますから、得意を伸ばしていた方がメンタルにも優しいですしね。